広島高等裁判所 昭和42年(行コ)15号 判決 1968年3月27日
宇部市上町一丁目四番一二号
控訴人
医療法人 博愛会
右代表者理事長
江沢正人
右訴訟代理人弁護士
前野光好
右訴訟復代理人弁護士
中村勝次
同市
被控訴人
宇部税務署長
倉橋軍三郎
右指定代理人
小川英長
同
池田博美
同
赤木誠一
同
三宅正行
同
岸田雄三
同
常本一三
同
広光喜久蔵
右当事者間の昭和四二年(行コ)第一五号法人税更正決定取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和三九年五月三〇日付でした法人税更正処分につき、昭和三五年度分総所得金額を七三万三、七五六円と更正した処分のうち二一万三九三円を超える部分、昭和三六年度総所得金額を四五三万九、一三一円と更正した処分のうち三五六万三、九九一円を超える部分、昭和三七年度総所得金額を六八四万六、八五七円と更正した処分のうち五六四万六、五四二円を超える部分を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和三九年五月三一日付でした昭和三五年度分源泉所得税一三万五、二三〇円およびその加算税一万三、一〇〇円、昭和三九年五月三〇日付でした昭和三五年度分旧利子税一万四、一七〇円、昭和三九年六月一〇日付でした昭和三五年度分源泉加算税不足額二万六五〇円、昭和三九年五月三〇日付でした昭和三六年度分源泉所得税二八万九、二二〇円およびその加算税二万八、七〇〇円、昭和三七年度分源泉所得税三九万四、四九六円およびその加算税三万九、三〇〇円の各賦課決定処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方方の主張ならびに証拠の関係は、次に記載するもののほか、原判決の事実摘示と同一である(但し原判決請求原因一の(一)の(イ)欄四行目に「七三三、七六五円」とあるを「七三三、七五六円」と訂正する。)から、これを引用する。
一、控訴代理人の主張
(一) 控訴法人がその役員からの借入金につきなした本件利息支払行為は、次に述べるように、単なる租税回避の行為ではなく、合理的な経済目的から合法的になされた金銭貸借に伴う行為であって、不当に高額ではなく、法人税法上損金算入を否認し得ないものである。
1 控訴法人は昭和三四年頃から漸く経営の前途に希望がもてるようになり、それまで役員から無利息で金員を借り入れ迷惑をかけていたことに対し、少しでもつぐなう配慮から、昭和三四年七月三一日開催の控訴法人の理事会で、役員からの借入金について月二分の利息を支払うことを決議し、その際、将来従業員からの借入金についても月二分ないし三分の利息を支払うことを併せ決議した。控訴法人は、右の決議にもとづき、昭和三四年度以降役員からの借入金については月二分、従業員からのそれは月二分ないし三分の利息を支払っているのであって、役員の受領した右金員は形式的にも実質的にも利息である。右により受領した利息については、役員がその収入として所得税の申告をし、被控訴人もこれに課税している。
2 控訴法人が銀行から金員を借り入れる場合においても、三割ないし五割の見返り担保の意味における定期予金の歩積両建を余儀なくされ、その実質的な利息は平均二割四分程度に達しているのであって、銀行利息が年一割以下であるということは余りにも皮相的な見解である。これに反し、役員の控訴法人に対する貸付は回収不能の危険を冒しての貸付であるから、利息の点で考慮されて然るべきである。因みに、利息制限法においても、年一割五分ないし二割は、特別の事情がなくとも、利息として受領しうることを認めている。
(二) 控訴法人は法人税法にいう同族会社ではないから、控訴法人の役員に対する利息支払を否認することはできない。殊に租税法律主義をとっている我が税法上、同族会社についての法規を本件にたやく類推解釈、拡張解釈することは許されない。
二、被控訴代理人の主張
控訴法人がその役員に対し支払った本件利息のうち年一割を超える部分は、いわゆる隠れたる利益処分として、損金算入を否認することができる。
1 税法上支出が損金として認められるためには、支出の目的、内容、これを受ける相手方等に照らし、あくまで正常妥当なものなければならない。本件のような役員に対する高額の利息の支払は、経済的、実質的にみて不自然、不合理な行為であって、他に類例がない。右利息のうち年一割を超える部分につき損金算入を否認することは、課税の公平を期するうえに必要不可欠なことである。
2 控訴人は利息制限法ですら年一割五分ないし二割の利息を認めているというが、税法上は、もっぱら経済的、実質的にみて、経済人の行動として不合理不自然なものと認められるかどうかを判断すべきものである。
3 控訴人は控訴法人の経営が比較的良好となったので、それまで役員から無利息で借り入れていた迷惑を少しでもつぐなうため、月二分の利息を支払うことにしたというが、法人計算が期間損益を目的とするものである以上、各期において支払の確定した利息は当該決算期の損金に計上し、利息を支払うだけの経済的余裕がない場合は、ひとまずこれを未払金として処理し、爾後資金に余裕ができたときに支払うという方法がとられるべきであって、利息支払の約定で借り入れておきながら、当該事業年度の経営収支が赤字であることを理由に無利息で借り入れたことにして、その後の事業年度において利益がでたからといって、前年度分の利息を含めた利息を支払って、当該事業年度の損金として計算することは許されない。
三、証拠関係
控訴代理人は、甲第一九号証の一ないし二、第二〇号証の一、二、第二一号証の一、二、第二二号証の一ないし三、第二三号証の一、二、第二四号証を提出し、当審における証人柳井健三、同高木康光の各証言を援用し、被控訴代理人は、右甲号各証の成立は知らない、と述べた。
理由
当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がないものと認める。その理由は、次に付加するほか、原判決理由に説示するところと同様(但し原判決理由三項五行目に「別表二の(一)、(二)、(三)記載の」とあるを「別表二の(一)、(二)、(三)および被告(被控訴人)の答弁三の(二)の昭和三五年度分源泉徴収加算税不足額、同年度分旧利子税に関する各記載の」と付加訂正する。)であるから、これを引用する。
一、控訴人は、本件利子支払行為は、合理的な経済目的から合法的になされた金銭貸借に伴う行為であって、法人税法上損金算入を否認することはできないと主張し、これに対し、被控訴人は、本件支払利息のうち年一割を超える部分は、いわゆる隠れたる利益処分として、損金算入を否認することができると争うので、検討する。
(一) 当裁判所の引用する原判示の事実によると、金融機関からの借入利率を超える部分の役員に対する本件利息支払は、控訴法人の理事会における役員に対する借入金に年二割四分(月二分)の利息を支払う旨の決議の存在にも拘わらず、原判示のとおり現実の必要性に乏しいものであること、法人の役員は法人の業務を執行する地位にあり、事業経営者の立場にあることから、経済界一般においては、法人がその役員から金員を借り入れる場合、その大部分は無利息であり、利息を支払う場合でも、せいぜい年五分ないし六分程度であって、金融業者や第三者からの借入の場合と異なる経営者としての節度がおのずから保たれていることが認められ、これらの事実を合わせ考えると、控訴法人の役員に支払った年二割四分の利息のうち、通常普通銀行、相互銀行から借り入れる場合の利率日歩一銭七厘ないし二銭三厘(原審証人池田金一、同大西勇の各証言により認める)を目安にした利率年一割を超える部分の利息支払は、経済的合理性の見地からみて不自然不合理なものといわねばならない。
もっとも、原審および当審における証人高木康光の証言によれば、控訴法人が従前金融機関から金員を借り入れる場合、見返り担保として定期予金の歩積両建を求められ、実質的には、名目上の借入利率日歩一銭七厘ないし二銭三厘を上廻る金利を支払う結果になっていたことが認められるが、これとても、借入側の資産の有無、経営状態の良否等によって差異を生じ、控訴法人の場合、昭和三四年頃以降経営が好転してきていたことは右高木証言により認められるところであり、確実な医療収入をもつ控訴法人にとって、経営の好転した昭和三五年四月から昭和三八年三月までの本件対象年度にあっては、右の名目金利を遙かに上廻る金利を支払う結果になっていたものとは到底認めることができず、仮に名目金利を多少上廻る金利を要した事実があったとしても、未だ前記認定を左右するに足りない。
また、当審証人高木康光の証言により成立を認める甲第一九号証の一ないし三、第二〇号証の一、二によれば、控訴法人が昭和三七年七月中に従業員洗川絹枝、安田良枝、牛島卯雄の三名から借り入れた各金員のうち、洗川、安田に対しては昭和三八年一〇月頃、牛島に対しては昭和三九年九月頃、右借入時から昭和三八年三月末までの昭和三七事業年度に発生した利息金を月二分二厘の利率で支払っていることが認められるが、事業主に対する関係において、役員と従業員とではおのずから立場を異にし、役員に対する前記特殊事情を考慮するとき、一部従業員からの借入金に月二分二厘の利息を支払った事実をもってしても、未だ前記認定を左右することはできない。
(二) そして、法人税法は、法人が経済人として経済的合理的に行為計算を行うことを前提として、合理的計算にもとづいて生ずる所得に対し、課税し適正な租税収入を確保しようとするものであるから、ある法人が経済的合理性を無視した不自然な行為計算をとることにより、不当に法人税を回避軽減したことになる場合には、税務当局は、そのような行為計算を否認して、当該法人が経済的合理的に行動したとすれば通常とったであろうと認められる行為計算に従い、課税を行ない得るものといわねばならない。
本件において、控訴法人が役員に支払った利息金のうち年一割を超える部分については、控訴法人の決算処理上支払利息として形式上預金算入の処理がとられているが、前述の理由から、支払利息としての損金算入を否認した被控訴人の処分は適法である。
そして、右の如く、支払利息としての損金算入を否認された年一割を超える部分の金員は、現実には、控訴法人に金員を貸し付けた役員が利得しているのであるから、これを右役員に対する給与とみて、さらに、損金算入の適否が検討されなければならないところ、成立に争いのない乙各号証、原審証人池田金一、同大西勇、同高木康光の各証言によれば、控訴法人はその役員である江沢正人、江沢奈珠、高木康光の三名に対し、原判決別紙第四表記載の利息金を概して定期的に支払っていたこと、控訴法人と事業規模および収益の状況等が比較的類似する他の同種医療法人における役員の報酬の実例が原判決別表五の(一)、(二)、(三)記載のとおりであることが認められ、これに、当事者間に争いのない控訴法人が支出した右役員らの正規の報酬および使用人に支給した給与が原判決別表三の(一)、(二)記載のとおりである事実を合わせ考えると、控訴法人の右役員の正規の報酬は、その職務の内容、職務に従事する程度、経験年数等を考慮に入れても、前記の他の医療法人の役員に較べ、相当高額な報酬であることが認められ、控訴法人の各役員が受領した正規の報酬に前記年一割を超える部分の利息金を合算した場合、これら役員の職務に対する対価として不相当に高額であると考えられる。従って、右の利率年一割を超える部分の利息相当金員は、昭和二二年勅令第一一一号による旧法人税法施行規則第一〇条の三(昭和三四年政令八六号により追加)に規定する過大報酬として、控訴法人の所得計算上損金算入を許されないものといわねばならない。(当審証人高木康光の証言中当裁判所および原判決の認定する事実に反する部分は措信できない)
二、控訴人は、控訴法人は税法上にいう同族会社ではないから、控訴法人の役員に対する利子支払行為を否認できる場合に該当しないと主張するが、法人税法が同族会社の行為計算の否認規定を設けたのは、同族会社の社員構成の特殊性によるものであり、同族会社にあってはとかく租税回避行為が行なわれがちであるところから、適正な課税を行おうとする趣旨に出たものであって、非同族会社について右の如き規定がないからといって、前述のように経済的合理性を無視した不自然な行為計算をとることにより、法人税を回避軽減したこととなるような場合に、その行為計算の否認が許されないと解すべき理由はないから、控訴人の右主張は理由がない。
三、そうすると、右と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がなく棄却すべきである。
よって民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮田信夫 裁判官 辻川利正 裁判官 丸山明)